BUN HACK

中卒ブロガーぶんちんが最短最速確実でお金持ちになるブログ

YouTube撮影用の台本を期間限定で大公開!

皆さんこんにちは!中卒ブロガーのぶんちんです。

 

ブログでも前々から言っていた「YouTube進出」ですが、やっとYouTube進出用の台本が完成したので、特別に、この台本をブログの読者限定で期間限定公開することにしました(「〇」の部分はまだ見せられない部分です。ご理解ください。)

 

では、どうぞ!

YouTube撮影用の台本を期間限定で大公開!

皆さん初めまして!投資家〇〇のぶんちんです。

 

本名は「〇〇文太」と言います。

 

みんなからは「ぶんた」とか「ぶんちゃん」って呼ばれています。

 

インターネット上では「ぶんちん」という名で活動しています。

 

平成12年の4月24日生まれで、年齢は18歳、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇。

 

好きな食べ物は寿司、焼肉、ラーメン、焼き鳥など沢山あります。

 

嫌いな食べ物はアボカド、ドリアン、にんじん、酢の物です。

 

特技は人を笑顔にすることとお金を稼ぐことです。

 

趣味は映画鑑賞とブログ執筆とお笑いを見ることで、好きなお笑い芸人はサンドウィッチマンさんと東京03さんです。

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇投資家で、読者数750人越えの雑記ブログ『BUN HACK』を運営しているブロガーでもあります。

 

ブログ歴は1年と8か月で、『BUN HACK』では僕が普段考えていることやネットでお金を稼ぐ方法、ビジネスのアイディアなんかを投稿しています。

 

中卒なので偏差値は30くらいです。

 

月に〇〇ほど投資で稼ぎ、今はやりたいことだけをやって生きています。

 

ちなみに彼女はいません。好きなタイプは一緒にいて楽しい人です。

 

ざっと僕の自己紹介をしたところで、ここからは、僕がネットビジネスを始めてから今に至るまでの全経緯を詳しくお話していきたいと思います。

 

僕がネットビジネスに初めて興味を持ったのは高校2年生の夏のことです。

 

夏休み期間ということで、とにかく遊びたかった僕ですが、残念ながら遊ぶお金があまりありませんでした。

 

なので、アルバイトをしてお金を稼ごうと思ったのですが、当時僕が通っていた〇〇〇〇〇〇という高校は校則でアルバイトが禁止されていて、夏休みといった長期休暇中でも申請を出して許可されなければアルバイトをすることができませんでした。

 

最初は、申請を出してアルバイトをしようと思いました。

 

しかし、超めんどくさがりだった僕は、もっと楽に、もっと働かずにお金を稼ぎたいと思い、パソコンで色々と調べることにしました。

 

そしたら、どうやら「ブログを書いてそこに広告を張ったら楽にお金が稼げる」みたいなことが書かれたサイトを見つけ、さっそく「はてなブログ」という無料ブログを使って「高校生の暇つぶし」という名の日記ブログを始めることにしました。

 

このブログでは、「今日はこんなことがありました!あんなことがありました!」みたいなことを伝えたり、近くの公園で実際に拾ってきたドングリを使ってドングリクッキーを作る過程を載せたり、修学旅行中の出来事を写真と共に振り返ったり、色々なことを書きました。

 

その甲斐あってか、最初は0だったアクセス数が5、10、15、20と増えていき、読者数も少しずつ増えていきました。

 

しかし、ブログに広告を張っていなかったので肝心のお金は1円も稼ぐことができませんでした。

 

そこで「ブログに広告を張ろう!」と思った僕は、GoogleアドセンスというGoogleが提供する広告配信サービスの審査を受けることにしました。

 

この審査に合格すると、ブログに広告が張れるようになって、その広告がクリックされると1クリックあたり35円くらい報酬がもらえるようになります。

 

そして、色んなサイトやブログを参考に見ながら、グローバルメニューを設置したり、お問い合わせフォームを設置したり、独自ドメインを設定したりして、審査に応募するための準備を整えていきました。

 

1週間くらいで準備は全て無事に終わり、ブログを審査に出すことにしました。

 

結果は見事合格し、ブログに広告が張れるようになりました。

 

広告デビューに成功した僕は、その後も記事を書き続け、ブログを始めて3か月後ぐらいには300人ほどの読者をかかえるまでのブログに成長しました。

 

読者も増えたしアクセス数も増えたし広告も張れたし、一見順風満帆なブログ生活を送っているかのように見えましたが、お金は全くと言っていいほど稼ぐことができていませんでした。

 

これにショックを受けた僕は、ブログに広告を張る以外で楽にお金を稼ぐ方法はないか探しました。

 

その結果、YouTubeに動画を出して再生数を稼げばかなり儲かることが分かった僕は、YouTuberになりました。

 

これが、その当時の動画です。

〇〇〇〇

 

コンセプトは「リアクションで世界を笑顔に」で、『世界の果てまでイってQ』の宮川大輔さんと出川哲朗さんのリアクション芸をイメージして、壁にお祭りで使う紅白垂れ幕を飾って、法被を着て、とにかくリアクション重視で動画を撮りました。

 

しかし、現実は厳しく、再生数とチャンネル登録者数は全く伸びず、挙句の果てには、「〇〇〇〇〇〇〇〇」という自分史上最悪の黒歴史動画まで出してしまいました。

 

おまけに、YouTubeをやっていることがクラスにバレて、かなり馬鹿にされてしまいました。

 

この一件で僕はYouTubeで稼ぐことを諦め、今まで通りブログで稼ぐことに集中しました。

 

その頃からか「広告がクリックされやすいブログを作るためにはどうすればいいのか」ということを考えるようになりました。

 

そうこうしているうちに、2017年も大晦日を迎えました。

 

僕は中学時代の友人6人と久しぶりに再会し、〇〇〇〇にある神社に願掛けしに行きました。

 

そこで、おみくじを引いたのですが、そこには「人助けをするといいいことがある」的な内容が書かれていました。

 

それを読んだ僕は、「人助けをするといいことがあるなら、同じブログを書いているブロガーの役に立つことをすればいいんじゃないか?」ということで、「BUN HACK」を作りました。

 

このブログでは、ブログのアクセス数を増やす方法とか、Googleアドセンスに合格する方法とか、とにかくブロガーの役に立つ記事を書きまくりました。

 

その結果、色んなブロガーさんから「役に立った!ありがとう!」といったお褒めの言葉を多くいただき、「BUN HACK」の読者数も一気に増えました。

 

そして、ブログ運営1か月目にして8000PV&収益5000千円という大記録をなしとげることができました。

 

しかし、欲の強かった僕は、「もっともっとお金が稼げるビジネスはないのか!」と思い、ネットで調べることにしました。

 

すると、自分の特技や得意なことを「商品」にして売ることができるサイトがあることが分かりました。

 

そのサイトは「ココナラ」といって、最低500円から自分の特技や得意なことを商品にして売ることができました。

 

なので、人の似顔絵を描くのが上手な人は1回500円で似顔絵を描いたり、歌を歌うのが上手い人は1回3000円で歌を歌ってあげたり、色んな人が自分の特技や得意なことを「商品」にして売っていました。

 

それを見た僕は、何か自分にも商品にして売れるものがないかなーと思って、「そうだ!ブログを書いていく上で培ったスキルやノウハウがある!」と思い、初心者ブロガー向けのコンサルティングサービスを始めました。

 

初心者ブロガー向けのコンサルティングサービスでは、ブログのアクセス数や読者数を増やす方法が分からない人に手取り足取り、半年のブログ運営で培ったスキルやノウハウを教えていきました。

 

また、僕は何かを宣伝するのが得意だったので、自分の作ったブログやサイトをより多くの人に見てもらいたいと思っている人の役に立つために、その人のブログやサイトの宣伝記事を書いたりしました。

 

その結果、初心者ブロガー向けのコンサルティングサービスは合計5人の方に利用していただきました。

 

僕のコンサルティングを受けた人の中には、塾の講師だったり、整体師だったり、不動産会社の社長なんかもいました。

 

宣伝記事の方も頑張って書いたので依頼主様からの評判も上乗でした(依頼主のコメントを載せる)

 

このように僕は、自分の特技や得意なことを「商品」にして販売し、初心者ブロガー向けのコンサルティングサービスと宣伝記事の作成で合計で4万2000円稼ぎました。

 

だけども、僕は4万2000円稼いでも満足することができませんでした。

 

何故なら、4万2000円稼げる自分なら、もっと頑張ればお金が稼げると思ったし、自分の好きなこと、やりたいことを好きなようにやりたいようにするためには、もっともっとお金が必要だったからです。

 

そんな中、とある方からDMが届きました。

 

DMの内容は、Twitterでよくある「ネットビジネスで稼ぎませんか?豊かな生活を送りませんか?」的なネットビジネスの勧誘でした。

 

僕も最初は「どうせ詐欺だろとか、胡散臭いな~」と思ったのですが、この方のツイートを見たり、ブログの内容を見たりしている内に、色々と信頼できる要素があったので、この方と連絡先を交換することにしました。

 

その後のLINEのやり取りで、この方がやっているビジネスをするためには、コンサルティング費用として10万円払わなければいけないことが分かりました。

 

いくらネットビジネスで人並み以上に稼いでいた僕でも、10万円は流石に大きすぎました。

 

そして僕は考えました。「10万円作る方法」を。

 

突然、10万円が必要だと言われた僕は、とりあえず家にあった金のネックレスとルイヴィトンのバックを「大黒屋」という買取ショップに持っていき売却しようとしました。

 

それが、一番手っ取り早く10万円を作る方法だと思ったからです。

 

もちろん、父にも母にも言わず無断で持っていきました。

 

何故なら、話したら怒られると思ったからです。

 

その上、僕の父親は〇〇〇〇の教師なので、尚更怒られると思いました。

 

自転車を走らせ、駅近くの大黒屋に母親のネックレスとバックを持って行った僕は、お店の人に持ってきたネックレスとバックを渡し「買い取って欲しい」と頼みました。

 

しかし、お店の人に「古物営業法で未成年からの売却には応じられない」と断られてしまいました。

 

僕はとても困りました。「これじゃあ、10万円が集まらない!」

 

そこで、未成年でもいらなくなったものを買い取ってくれるお店をスマホで探すことにしました。

 

そしたら、皆さんも知っている「あの店」が検索結果に表示されました。

 

その店とは、「本を売るならブックオフ」でお馴染みの「BOOK OFF」でした。

 

僕はすぐさま自転車に乗り、ブックオフへと向かいました。

 

そして、家から持ってきた母親の金のネックレスとヴィトンのバックを売りました。

 

合計で5万円になりました。

 

しかし、10万までまだ5万円足りません。

 

あれこれ考えたあと、一つのアイディアを思いつきました。

 

それがクレジットカードのショッピング機能を使ってお金を作る方法でした。

 

クレジットカードには、「ショッピング機能」と「キャッシング機能」があります。

 

本当であれば、キャッシング機能を使ってお金を引き出せれば、問題は簡単に解決したのですが、残念ながら僕は、親のクレジットカードの暗証番号を知りませんでした。

 

そこで僕は、「BASE」という誰でも簡単にネットショップが作れるサイトを使い、架空のショップを立ち上げて、そこに架空の商品を置きました。

 

もちろん値段は5万円です。

 

そして、別のアカウントを使い、5万円する「架空の商品」を、クレジットカードのショッピング機能で購入しました。

 

すると、ショップ側には「5万円の売り上げ」が表示されました。

 

ここまで来ればもう分かりますね?

 

そう!その架空の売り上げ5万円を自分の口座に振り込んだわけです。

 

これで5万円の臨時収入を得ることができました。

 

そして、その10万円を手元に、そのビジネスを教えてくれる新宿の社長さんに会いに行きました。

 

待ち合わせ場所は、新宿西新宿のとあるオフィスで、僕が先に到着し、あとから社長さんが到着しました。

 

社長さんは、まさか現役高校3年生がコンサルティングを頼みに来るとは思ってもみなかったようで、かなり驚いた様子でした。

 

その後、お約束のコンサルティング費10万円を渡し、社長さんによるコンサルティングが始まりました。

 

コンサルティングの内容は守秘義務契約を結んでいるので具体的にお話することはできないのですが、アフィリエイトサイトを作って集客していくビジネスを教えてくれました。

 

そのため、2か月から3か月ほどかけてアフィリエイトサイトを作っていきました。

 

ちなみに、僕が取り組んでいたアフィリエイトは、アプリアフィリエイトという種類のアフィリエイトで、ゲームアプリを始めとしたスマホアプリの紹介記事を書いて、そこからアプリがダウンロードされると、1ダウンロードあたり500円から1000円貰えました。

 

アフィリエイトを始めた最初の頃は、作業量も多く、ASPと呼ばれるアプリの広告を扱っている会社の審査をいくつかパスする必要があったので、学校が終わったら即家に帰って、毎日6~7時間くらい作業をしていました。

 

その甲斐あってか、アフィリエイトサイト作成は順調に進んで行き、いくつかのASPの審査もパスすることができました。

 

しかし、それらのASPはアプリの案件が少なく、あまり稼ぐことが出来ませんでした。

 

というのも、アプリの案件を多く取り扱っているASPは審査が厳しく、僕は残念ながら審査に落ちてしまいました。

 

なので、せっかくアプリの紹介記事を書いたのに、「広告が張れない!」という状況に陥ってしまったのです。

 

そのため、色々と考えた結果、ライターさんを雇うことにして、記事の量を2倍、3倍に増やして再度審査を受けることにしました。

 

ライターさんは計10人ほど雇い、1記事当たり500円の報酬でアプリの紹介記事を書いてもらいました。

 

中には、あまり質の良くない記事を書くライターさんや、何も連絡せず記事を書くのを辞めてしまったライターさんなんかもいましたが、他のライターさんに頼んだり、報酬をアップさせたり、試行錯誤をした結果、全部で60記事くらいアプリの紹介記事を手に入れることが出来ました。費用は3万円かかりました。

 

「3万円」と聞くと高いと思うかもしれませんが、文字単価で言うと1文字当たり0,6円くらいだったので、相場より、かなりリーズナブルな値段です。

 

普通、こういった紹介記事は、最低0,8円、高いものだと1文字1円なので、「3万円」というのは破格の値段です。

 

そして、追加で入手した60記事を足して、計80記事くらいで再度審査を受けることにしました。

 

結論から言えば、gamefeatと呼ばれるASP以外は、全部審査をパスすることができました。

 

その時は本当に苦労が報われたと言うか、「やってて良かった」と強く思いました。

 

それから、広告を張れなかった記事に広告を張ったり、サイトデザインなどを工夫した結果、金額は言えませんが、今までに稼いだことのないくらいの金額を稼ぐことが出来ました。

 

その頃からか、ブログでも自慢げに語ってみたり、学校でも「俺、めっちゃ稼げてるぜ!イエーイ」と調子に乗り始めました。

 

やっぱり人間という生き物は、ちょっと成功してしまったり、人より優れていると思うと奢ってしまう生き物で、自分に酔ってしまい後先のことを考えられなくなるんですね。

 

まぁ、そんなお調子者が長続きするかというと、当然そんなことはなく、担任の耳にも自分がどうやらネットで稼いでいるらしいという情報が入ってしまいました。

 

僕の高校では、最初でもお伝えしたように、夏休みといった長期休暇中のみ申請を出して許可されなければアルバイトをすることができませんでした。

 

これはあまり言いたくはありませんが、こっそりアルバイトをしている生徒もいました。

 

ただ、それに関しては、暗黙の了解というか、先生たちも目をつむっている状態でした。

 

しかし、僕の場合は違いました。

 

普通、こっそりアルバイトをするなら、誰にも言ってはいけないし、それを言ったら一発アウトです。

 

ただ、僕の場合、学校で「俺、稼いでいるんだぜアピール」をめっちゃしてしまったんですよね。

 

言うなれば、バイト禁止な学校の中で、「僕、バイトしてます」と大きな声で言っているようなものです。

 

ただ、僕的には「ネットで稼ぐこと=アルバイト」とは思っていなかったので、何のためらいもなく言っていたのですが、やはり「高校生」たるもの、本来学業を頑張るべきところを、あろうことか、ネットで稼ぎ、あろうことか、それを自慢するという、まさに、大バカ者だったんですね。

 

その結果、夏休み期間に行われた三者面談の際に、担任から「本校としては、ネットで稼ぐこともアルバイトであると認識しています。そして、アルバイトは長期休暇のみ以外認めていません。これは校則でも決まっていることです。つまり、あなたは校則に違反したということです。なので二つの選択肢を提示します。

 

一つ目、学校を退学して、このまま稼いでいくか、二つ目、高校卒業まで一切稼ぐことを辞めて、学業に真面目に取り組むか、それ以外の選択肢はありません。」

 

いろんなことを考えましたが、その当時の僕にとって「退学」というのはやはりショックが大きかったですし、中卒になるリスクを背負いきれるだけの自信も能力もなかったので、結局2つ目を選びました。

 

その後は、担任も僕の気持ちを分かってくれたみたいで、身分がわからなければ、ビジネスをやってもいいことになりました。

 

「退学騒動」から早2か月。僕は迷っていました。

 

このままビジネスを続けるべきか、それとも受験勉強に力を入れて大学受験を目指すべきか。

 

答えが見えないまま1日が終わろうとした夜の出来事です。

 

突然、頭の中をビビッと電気が走ったかのような感じがして、一つの道が開けました。

 

その道は、「会社を立てて、社長になる」というものでした。

 

そこで僕は、社長になるために会社を作ることを決心しました。

 

会社を作るためには、会社を動かしていくビジネスがないといけません。

 

そして僕は、今までの経験をフル動員させてビジネスプランを練りました。

 

練って練って練りまくった結果、一つのビジネスプランを思いつきました。

 

しかし、そのビジネスプランを実現するためには、多額の費用が掛かりました。

 

当然そんなお金がなかった僕は、ネットで色々と調べていくうちに、「エンジェル投資家」と呼ばれる投資家がいることが分かりました。

 

このエンジェル投資家というのは、有望なビジネスモデルを持った起業家に金銭的な支援(投資または融資)をする投資家のことです。

 

「エンジェル投資家に投資してもらおう!」と思った僕は、さっそくエンジェル投資家と起業家をマッチングしてくれるサイト(founder)に登録し、僕が考えたビジネスプランを投稿しました。

 

すると、なんと投資家の方から連絡が来ました。

 

合計で9人の投資家の方から連絡が来たのですが、今回は9人の投資家の中でも、一番良かった投資家の方との出会いについてお話ししていきたいと思います。

 

一番良かった投資家の方は、イベント事業を全国的に手掛ける社長さんでした。

 

社長さんとお話をするまでの経緯としては、僕のビジネスプランをマッチングサイトに投稿したところ、その会社の顧問の人が、興味がある旨を伝えてくれて、その後、個別メッセージで色々と日程や場所について話し合って、10月18日の午前10時から東京本社(支店?)の会議室で面談をすることになりました。

 

当初は、大阪難波のオフィスで打ち合わせることになっていたのですが、僕の活動拠点が神奈川県ということもあり、流石に高校生を神奈川から大阪まで来させるのはあれかと思ったのか、顧問の方が「それでは東京のオフィスにしましょう」ということになって、結局東京に決まりました。

 

で、何故会社の顧問の方が僕に連絡をくれたのかと言うと、その会社は人材育成ビジネス・人材派遣に力を入れている会社で、この度、人材育成ビジネスを拡大するにあたり、「誰か良さそうな人はいないか?」と社長さんが社内に呼びかけたところ、僕のビジネスプランを知っていた顧問の方が「こんな高校生がいますがどうでしょうか?」と紹介してくださったんですよね。

 

改めて考えてみるとめっちゃ凄いことですよね。

 

運命というか、ご縁があるというか、人脈が広がるってこういうことなんだな~ってマジで思いましたし、何よりも「良さそうな人」に僕の名前が挙がったことが光栄過ぎました。

 

話を戻しますが、10月18日に社長さんとお話をすることになると分かっていたのに、僕はその日の朝まで事業計画書を全く作っていませんでした、

 

なので、前の晩の夜12時から朝の4時までずっと計画書を書いていたのですが、これがまた大変な作業で、なんせ今までの人生で「事業計画書を書く」なんて経験がなかったのでかなり苦労しました。

 

ビジネスのテーマ決めから、ビジネスプランの概要、そのビジネスの市場規模・ターゲットユーザー、そのビジネスの優位性・将来性・実現性・収益性などなど、書くことが多すぎました。

 

ですが、なんとか大まかに書き終えて一休みしようと寝転んだところ、あっという間に寝てしまいました。

 

そして、朝の7時30分に飛び起きたわけなんですが、ここからがほんと大変でした。

 

即効で計画書を印刷して、歯を磨いて、ジャケットに着替えてパソコンをリュックに入れて、もうダッシュで自転車をこぎまくって、駅に向かいました。

 

途中何度も吐き気に見舞われましたが、朝ごはんを食べていなかったせいか、吐くものがなく吐くことができませんでした(笑)

 

こればかりは不幸中の幸いというか、本当に電車内でも吐きそうだったので良かったです。

 

その後も、たび重なる吐き気に襲われましたが、なんとか乗り換えを2回クリアしてやっと現地入りしました。

 

顧問の方からは、オフィスは早稲田町から徒歩5分の場所にあるとのことなので、クソオンボロイドな携帯のマップを見つつ、なんとかオフィス前に到着。

 

そして入り口付近にあった受け付け用電話で到着の知らせを伝えて、奥のオフィスに通してもらいました。奥のオフィスに通してくれた方がその顧問の方でした。

 

時間を見ると待ち合わせ前10分を切っていたので、本当にギリギリでした(あと10分でも寝ていたら完全に遅刻でした)

 

そして面談の時刻10時になり、社長さんがノックをしてやってきました。

 

とっさに名刺を交換して着席。

 

社長さんの格好は、シャツにジーパンのラフな格好でした。

 

これは社長さんと2回会って分かったことなのですが、会社を経営している方ってラフな格好の方が多いんですよね。

 

なんていうか、「THE社長」という感じがあまりしないんですよ。

 

これもブランディングなのかは分かりませんが、とにかく皆さんがイメージするようなお堅いイメージはありませんでした。

 

そして、話をすると思いきや、社長さんから「素性の分からない方とお話をするのは、なにかと問題なので、アンケートを書いてください」と言われて、氏名と住所と電話番号とメールアドレス、それに希望する出資額、出資時期、それと事業内容を簡単に書きました。

 

そしてやっと、面談が始まりました。

 

まずは、僕のビジネスプランの概要を分かりやすく伝え、収益化に至るまでの道筋や具体的な目標などを色々と聞かれました。

 

一応それっぽいことは伝えたのですが、まだ自分の中でも折り合いがついていない部分があり、そこを説明するのが難しかったです。

 

そして、社長さんからは、まず僕のビジネスプランについて「面白い」とコメントはしてくれたものの、ここが流石社長です。

 

僕のビジネスプランの収支計画の詰めの甘さや、僕が希望する出資額である1000万という大金を本当に自分で管理できるのか、他人の金に責任を持てるのか、そして投資する場合は、基本的な条件として、その会社の子会社として社長になり、利益の半分をもらうがそれでもいいのか、といったことをズバズバ言われて、内心ドキドキヒヤヒヤの連続でした。

 

自分の中でも「他人の金を利用する」ということについて深く考えていなかったので、改めて、他人の金を使うことは一体どういうことなのか、を考えるいい機会になりました。

 

その上で社長さんは、「具体的でしっかりとした収支計画書(2年分)を書いて、子会社の社長として独立し、なおかつそのビジネスで得られた利益は折半し、そして1000万という金を責任を持って扱うことができる、もしビジネスが駄目だったら他のとこから借金してでも返すくらいの覚悟があるのであれば、稟議にはかけます」と言ってくれました。

 

いや~18歳の僕にとって、提示された内容がえげつないというか(起業するなら当たり前なのかもしれませんが)、話の内容のレベルの高さが異常でした(笑)

 

「こ、これが「投資を受ける」「他人の金を使う」ということなのか・・・」って30回ぐらい思いました。

 

その後は、社長さんの会社のお話になり、今までに100名ほど起業家を輩出してきたそうです。

 

中には年商が80億を超える方もいるらしく、上手く言った人は最低でも年商1億は達成しているそうです。

 

ですが、全員が全員上手く行っているわけではなく、60人ほどは駄目になったようです。

 

やはり起業というのは思っていた以上に厳しい世界のようです。

 

そして最後に社長さんからは「18歳でこんなことができることは凄いことだし、俺も21の時に独立したが、高校生の頃はこんなことをやってはいなかった。そして、もし覚悟を持ってやるのであればうちは歓迎するし、ビジネスに年齢は関係ないからそこは大丈夫。もし、やるとなれば最年少記録になるのでうちのブランドにもいいからね」と言ってくれました。

 

そして、最後にしっかりとお礼を伝えてオフィスを後にしました。

 

この社長さんとの出会いに感銘を受けた僕は、4日後に学校を辞める決断をして、その12日後に学校を辞めました。

 

なぜ学校を辞める決断をしたのかというと、一番の理由は今取り組んでいるビジネスを成功させて、お金持ちになりたかったからです。

 

そのためには、やはり集中できる時間、環境を作る必要がありました。

 

最初は、学校に通いながら並行してビジネスに取り組んでいくことも考えましたが、「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉があるように、学業で成り上がるためにはビジネスを捨てなければいけないし、ビジネスで成り上がるためには学業を捨てなければいけませんでした。

 

そして僕は、「学業とビジネス」、この2つを比べた時にやはりビジネスで成り上がりたいと思いましたし、ぶっちゃけ、もう学歴はいらないかなーと思っていたので、ビジネスを取ることにしました。

 

その後僕は、「学校を辞めてビジネス1本で生きていきたい!」ということ親に伝えました。

 

最初は勿論反対されました。

 

そりゃそうですよね。

 

急に自分の息子が「学校を辞めて、ビジネスで生きていきたい!」なんて言い出したら心配でたまりませんからね。

 

しかし、最初は反対していた親も、僕の度重なる演説と熱心な想いを理解してくれたのか、最終的に僕が学校をやめることを認めてくれました。

 

そして、担任の先生にも僕が学校を辞めて、ビジネスで生きていきたいということを伝え、学年主任、担任、父親、僕を交えた4人で面談をすることになりました。

 

面談では、まず、なぜ学校を辞めてまでビジネスをやらなければならないのかについて僕が説明し、その後、学年主任や担任から、学校を辞めた後は具体的に何をするのかとか、本当にそのビジネスで生きていくことは可能なのか、といった質問が出たので、僕がその質問に答えていく形で面談は進んでいきました。

 

1時間ぐらい面談をした結果、学年主任も「学校を辞めても大丈夫だろう」と判断し、担任の先生から退学願をもらい、その日は終わりました。

 

そして家に帰宅後、退学願に正式に退学する旨を書き、翌日提出しに行きました。

 

これがその時提出した退学願です(写真)

 

退学願を提出してから、17日後の11月30日に退学願が受理され、僕は無事に学校を辞めることができました。

 

それと同時に、「高校生ブロガー」としての活動を終え、「中卒ブロガー」として新しく活動し始めました。

 

また、時を同じくして、今やっているすべてのビジネスを終了し、新しいビジネスを始めることにしました。

 

何故なら、今までやってきたビジネスというのは、必ずどこかで限界が来て、いずれ稼げなくなることが予想できたからです。

 

そして、僕が新しく始めたビジネスというのが「FX」。

 

つまり投資でした。

 

FXってのは、「外国為替証拠金取引」と言うように、国と国があってこそ成り立っているビジネスです。

 

つまり、FXがなくなる時は国がなくなる時で、国がなくなる時は私たちが危機的状況に立たされた時です。

 

危機的状況というのは、世界中の国が核戦争をするとか、宇宙人が侵略してくるとか、隕石が衝突するとか、地球規模の大惨事です。

 

普通に考えてそんなことは起きないですよね?

 

だから、FXを始めたのです。

 

FXに限らず、投資というのは、一度その稼ぎ方を身に着けてしまえば、基本的にずっと稼ぎ続けることができます。

 

これは非常に大きい利点でした。

 

ブログやアフィリエイトというのは、検索順位によって収益が大きく上下するビジネスです。

 

つまり、Googleの影響を直に受けやすいビジネスなんです。

 

なので、Googleがちょっと検索アルゴリズムを変えるだけで、アクセス数がとんでもないことになります。

 

それに今は「人生100年時代」と言われているように、長生きする時代になりました。

 

これはつまり「100年目線」で人生を考えなければいけない時代になったということです。

 

10年目線ではありません。100年目線です。

 

そして、「100年目線」でネットビジネスを俯瞰した時に、ブログやアフィリエイトは、必ずしも人生100年時代に相応しいネットビジネスであると言えなかったのです。

 

もちろん、試行錯誤をしたり工夫したりすることで、ブログやアフィリエイトでも稼ぎ続けることが可能になるのかもしれません。

 

しかし、いつGoogleの影響でアクセス数が0になるのかもわからないものに対して時間とお金と労力を投資する方が、FXに投資するよりもリスクが大きいと僕は思ったので、ブログやアフィリエイトを一旦切り、FXに人生をかけることにしました。

 

まず最初に僕は、無料で得られる情報を徹底的に活用しました。

 

何故なら、FXに関する基本的なことは、本を買わなくてもググれば色々と出てくるからです。

 

そして、Googleさんの度重なる検索アルゴリズムアップデートにより、検索結果で得らえる情報の質は年々アップしていました。

 

これはFXを勉強する上で非常に大きなアドバンテージになりました。

 

何故なら、FXを始めとした投資は、勉強すればするほど分からないところが沢山出てくるので、その都度調べる必要があったからです。

 

無料の情報を徹底的に活用し、知識を頭に叩き込んだら、今度はチャート上にインプットした知識をアウトプットしていきました。

 

具体的には、チャート上にYouTubeやサイトで学んだインジケータを表示して、実際に相場をテクニカル分析で読み解いていきました。

 

そうすることで、学んだ知識を確かなものにすることができたからです。

 

また、動いている相場を実際に分析することで、新たな発見や逆に分からない箇所をたくさん見つけることができました。

 

そして、分からないところが沢山見つかったら更にググり、どんどん投資の知識を着実に増やしていきました。

 

また、デモ口座を利用して実際にエントリーして、「動いている相場でエントリーする」という経験も積んでいきました。

 

しかし、最初は楽しかったFXの勉強も、知れば知るほど分からなくなっていき、FXが分からないことによるストレスと稼げないことによるストレスのダブルストレスにぶちのめされてしまいました。

 

ただ、時を同じくしてサインツール開発を始めようとしていたこともあり、やめるにやめられませんでした。

 

そのおかげもあって、FXから逃げることはありませんでした。

 

その後、ある程度投資の勉強をしたことで、「こんな時はここでエントリーするといい感じになる」とか「ここはこうだから、エントリーはしない」というように、裁量トレードができるようになってきました。

 

そして、更に裁量トレードを続けていくと、「ある特定の条件に合致するとこういう結果になる」という事実が見えてくるようになりました。

 

これこそが自分オリジナルの手法の発見でした。

 

そして、そういった手法を編み出せるようになった僕は、手法の条件を箇条書きにしてまとめて、手法の検証を行いました。

 

つまり、「この手法は使えるかどうか」見極めたのです。

 

その後、僕は使えそうと思った手法をプログラマーさんの協力の元、サインツール化していきました。

 

ちなみに僕は、今までに合計10本のサインツールをプログラマーさんと一緒に作ってきました。

※『ぶんちん君』『ぶんちん君2号』『ぶんちん君3号』『ぶんちん君Z』『ぶんちん君α』『ぶんちん君β』『ぶんちん君γ』『ぶんちん君δ』『ぶんちん君ε』『ぶんちん君ζ』。

 

その後、『ぶんちん君γ』を作ったあたりから、かなり相場が読めるようになり、『ぶんちん君δ』『ぶんちん君ε』『ぶんちん君ζ』と立て続けに3本のサインツールを作った時に、やっと「こういう状況なら相場が上がる、下がる」と分かりました。

 

ただ、まだ不安要素があったので、そこから15時間くらいチャート観察をしながら、サインツールのエントリーポイントを見極める作業をしていきました。

 

その結果、『ぶんちん君δ』と『ぶんちん君ε』を使ったトレードに行き着き、独自の判定基準を導き出して、3か月という短い期間でFXを攻略することができました。

 

これにて、僕がネットビジネスを始めてから今に至るまでの全経緯の説明を終わりたいと思います。

 

ご清聴ありがとうございました(ここで一旦終了)

 

 

はい!というわけで、YouTube用の台本を見てきましたがいかがだったでしょうか?

 

ネットビジネスを始めてから今に至るまでの全経緯を今回は公開したわけですが、ここで終わりなのではなく、実は「まとめ&締め」の部分があります。

 

ただ、その部分は動画で見ていただきたいですし、ここで見てしまうのは勿体ないので公開しませんでした。

 

なので、もうしばらくお待ちください。

 

予定が上手くいけば、今月中にYouTube撮影用の物件を購入し、本格的にYouTube進出を始める予定です。

 

その始めとして、今回の自己紹介動画を作成し、まず「僕のこと」を知っていただきます。

 

その上で、ブログで言ってきた内容を、今度は「動画」という形でお伝えしていき、一気に知名度&有名人に成り上がります。

 

その後、TVにも進出し、チヤホヤモテモテの人生を送るつもりです(笑)

 

そんなわけなので、これからもよろしくお願いします。

 

てなわけで今日はこの辺で

お相手はぶんちんでした。